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東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)68号 判決

原告 永森八重

被告 東京都

被告補助参加人 岡博信

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

(原告)

一  被告は原告に対し九六一万九、二〇〇円ならびにこれに対する昭和四七年四月一五日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文同旨

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告は、昭和二三年八月七日被告補助参加人(以下「参加人」という。)からその所有にかかる東京都中央区八重州三丁目五番の八宅地一四・四八坪(以下、本件「宅地」という。ただし、同宅地はその後昭和三五年八月二三日、同番の二宅地四〇・三二坪に合筆され、同番の二宅地五四・八〇坪となつた。)中の一〇・〇二坪(別紙図面中の赤線内部分。以下本件「借地」という。)を建物所有の目的で賃借していた。

二  東京都知事は、昭和三二年三月三〇日土地区画整理法(昭和四三年法律第一〇一号による改正前のもの。以下「法」という。)所定の事業計画の決定の公告をなしたうえ、東京都市計画事業東京駅付近土地区画整理事業を施行したが、本件借地は右施行地区内に位置するものである。

三  そこで、原告は、昭和三四年八月一五日東京都第二区画整理事務所において法八五条にもとづき本件区画整理事業の施行者である東京都知事に対し右借地権に関する申告書(甲第一号証。以下、本件「借地権申告書」という。)を提出した。しかるに、東京都知事は、昭和三六年六月二一日東京都第二区画整理事務所長菅原善助名義で原告に対して本件借地権申告書を返戻し、本件借地権について仮に権利の目的となるべき宅地部分の指定をしないまま昭和四三年一二月二五日付で換地計画にもとづく換地処分をし、本件区画整理事業を終了した。

四  しかし、東京都知事が本件借地権について本件借地権申告書を返戻し、仮に権利の目的となるべき宅地部分の指定をしなかつたことは違法である。すなわち、

1 東京都知事が本件借地権申告書を返戻したのは、原告がこれに添付した本件借地の地代領収証写をもつて法八五条一項所定の権利を証する書類とみなかつたことによるものである。

しかし、原告の提出した右添付資料の写は、いずれも前記区画整理事務所八重洲地区の係員によつて原本と照合確認されているものであるから、添付資料が写であるというだけで借地権を否認するのは不当である。

もつとも、本件土地の所有者である参加人から、前記区画整理事務所に対し昭和三六年四月六日付で、原告から提出される申告書は借地権申告書として取扱われるべきでないとの書面による届出がされていたことはあるが、右届出には原告の借地権を否定するに足りる反証となるような資料は添付されていなかつたのであるから、本件借地権申告書による借地権の申告は借地権の存在を疎明するに足りるものとみるべきものであり、したがつて、施行者としては、本件施行地区内の宅地について仮換地の指定をなすにあたつては原告の借地権について、仮に権利の目的となるべき宅地部分を指定することを要する(法九八条一項)ものである。

2 もつとも、本件借地権に関しては前記のとおり所有者との間にその存否等につき紛争があつたのであるが、そうとしても、それは両者間において解決されるべき問題であり、施行者としては借地権申告書に添付された権利を証する書面によつて借地権の存在が推認される以上、申告者を借地権者として取扱うべきであり、もし、後日借地権の存在しないことが判決等により確定したときは、すでになされた仮に権利の目的となるべき宅地部分の指定を取消せば足りるのである。

しかるに、本件のように一筆の土地の一部について借地権の存する場合にあつては、施行者により仮換地または換地上に権利の目的となるべき宅地部分の指定がないかぎり、借地権者は仮換地または換地上に借地権の存する部分を特定することができないので、地主を被告として借地権確認の提訴をしてみても従来の判例からすれば救済される見込みはないのである。

そして、借地権者は、施行者から仮換地について仮に権利の目的となるべき宅地部分の指定を受けないかぎり仮換地につき現実に使用収益をすることができないことは既に確定した判例(最大判昭和四〇年三月一〇日民集一九巻二号三九七頁)である。

以上により、施行者である東京都知事が本件借地権申告書を返戻し、原告に対する仮に権利の目的となるべき宅地または宅地部分の指定をなさなかつたことは原告の権利を著るしく害する違法のものであることは明らかである。

五  原告は東京都知事および東京都第二区画整理事務所長の故意または過失による前記職務にかかわる違法行為により次のとおりの損害を被つた。

原告は本件係争土地についての仮換地の指定が効力を生じた昭和三五年一二月一日から換地処分の公告がなされた昭和四四年二月二〇日までの間八年余にわたり右仮換地に指定された土地を全く使用することができなかつた。

右仮換地に指定された土地の右期間における借地権価額は三・三平方メートル当り一五〇万円を下ることはない(本件土地の更地価額を三・三平方メートル当り一八五万円とし、借地権割合をその八割強相当として評価)から、原告が本件借地権につき仮に権利の目的となるべき宅地部分として指定されるべきであつた土地の価額は少なくとも一、五〇三万円である。

そして、右土地の周辺は東京都内有数の商業地区であるから、原告は右土地の使用により少なくとも土地の価額に対し年八分の利潤を取得できたものである。

したがつて、原告が右土地を前記のとおり八年余にわたり利用することができなかつたことによる損害は合計九、六一九、二〇〇円となる(計算式は次のとおり)。

(借地面積) (坪当り借地権価額) (借地権価額)

一〇・〇二坪×一、五〇〇、〇〇〇円=一五、〇三〇、〇〇〇円

(年期待利廻り)

一五、〇三〇、〇〇〇円×〇・〇八×八年=九、六一九、二〇〇円

六 よつて、原告は国家賠償法にもとづき東京都知事および東京都第二区画整理事務所長の属する被告に対し、前記損害九、六一九、二〇〇円ならびにこれに対する本件訴変更申立書送達の翌日である昭和四七年四月一五日以降支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の認否および主張)

一  認否

1 請求原因一のうち、参加人が本件土地を所有していたことは認めるが、その余は争う。

2 同二および三は認める。

3 同四のうち、原告の提出した添付資料が写であること、右写は東京都第二区画整理事務所八重洲地区の係員が原本と照合していること、参加人が原告主張のような内容の届出を書面で提出していることは認めるが、その余は争う。

4 同五は争う。

二  主張

1 東京都第二区画整理事務所長が原告の借地権申告書を返戻した措置は適正妥当であり、また東京都知事が原告に権利部分の指定をしなかつた措置も適法である。

法は施行地区内の宅地についての所有権以外の未登記権利者については当該権利の存する宅地の所有者と連署し、または当該権利を証する書類を添えて、建設省令で定めるところにより書面をもつてその権利の種類および内容を施行者に申告しなければならないとし(法八五条一項)、施行者は右規定により申告しなければならない権利でその申告のないものについては、その申告がないかぎり、これを存しないものとみなして仮換地の指定などの処分をすることができるものとしている(同条五項)。

ところで、原告が本件借地権申告書を提出し、同書面が返戻されるに至つた経緯は次のとおりである。

(一) 水森喜美江は、もと五番の七、同番の三、同番の一〇の土地(別紙図面の青線内部分)を所有し、かつ右土地上に二棟の建物を所有していたものであるが、昭和三四年三月二七日、右三筆の土地を東武鉄道株式会社に売渡し、同年四月から五月ころにかけて右二棟の建物を除却し、同年六月ころ、区画整理事業施行者から移転補償金を受領しているものであるところ、その後、同年八月一五日に至つて、原告は本件借地権申告書を東京都第二区画整理事務所八重洲地区に提出した。

(二) しかるに、右申告書には土地所有者の連署(印鑑および印鑑証明書の添付)がなかつたので、これを受付けた係員小佐野活は、それのみでは受理できないから、権利を証する書類を添えてほしい旨要求したところ、しばらくして原告から依頼を受けた宮本助次郎が地主岡博信の原告に宛てた賃料領収証の写を持参してきた。

しかしながら、右領収証によつては本件土地の坪数、位置等が判然としなかつたので、さらに図面の提出を求めたが、提出されなかつた。

そこで、小佐野は、右領収証写を含む一件書類を前記区画整理事務所に送つてその処置について指示を仰いだ。

右区画整理事務所においては、さらに本庁建設局区画整理部の指示を仰いだ。

(三) 区画整理部では前記一件書類を審査したところ、原告から提出された本件借地権申告書によれば、原告は参加人の所有する中央区八重洲三丁目五番の八宅地一四坪四八のうち一〇坪〇二について借地権を有している旨の記載があり、契約締結は昭和二三年八月七日、期間は定めがなく、賃料は年間三四、六九二円とされている。しかし、本件申告書裏面の権利部分の位置見取図には、「国際自動車車庫」「公道」「私道」「五・八二」「四・二」との記載があるのみであり(原告が借地権を有するとする土地のおおよその位置はわからないわけではないが)、右見取図のなかには、右土地が一筆の本件土地(五番の八)の一部分であるにもかかわらず、右一筆の本件土地の区画の表示がなく、申告にかかる借地の地積を表示しているとみられる「五・八二」「四・二」を区画している各直線にいわゆる「まわり間尺」の記載もないので、右借地が一筆の土地のどの部分に、どのように(間口いくら、奥行いくらで)所在するかが明らかでないのである。また、右の「まわり間尺」の記載のないことから、原告のいう借地権地積が正確なものであるかについても疑問がなくはなく、さらに右見取図のなかに「私道」という表示があるところからみて、原告が有するとする借地権が法のいう借地権(法二条七項参照)であるかについても疑問が残るのである。そして、施行者としては、このように借地権について、その権利の種類および内容(位置、坪数)が不明確であると、これに照応する位置・形状の権利の目的となるべき宅地部分を仮換地上に指定することができないなどその後の事務処理を進めることができないのである。

そこで、本件借地権申告書を受付けた担当者も右の不明確な点について、再三にわたり原告側に対して説明をするとともに原告側の追加資料の提出などの補正を求めたのであるが、その後に提出された資料によつても、これらの疑問は解消せず、とくに施行者がその提出を強く要望していた借地の正確な位置を特定する図面は遂に提出されなかつた。そして、施行者としては、これらの点を明確にするために、地主と協議をして、できれば連署で再提出することを促す趣旨で、原告に関係書類を返戻する措置をとつたのである。しかるに、その後も原告からは適式な借地権申告書が提出されなかつたので、施行者は本件土地について原告の借地権は存しないものとみなして、原告に対して権利部分の指定をしなかつたのである。

以上のとおり、施行者が原告に対して本件借地権申告関係の一件書類を返戻した措置は、原告側に充分な説明と補正の期間を与えてなされた適正妥当な措置であり、また原告から適式な借地権申告のなされなかつた本件について、原告に権利部分の指定をしなかつたことにもなんらの違法はなく、故意・過失もない。

2 仮に、施行者の行為が違法であつたとしても、原告はこれによつてなんらの損害をも被つていない。

施行者が本件土地について仮換地の指定をした当時、原告が本件土地について有していたと主張する賃借権はすでに消滅していた。したがつて、原告は、権利部分の指定を受ける実体法上の権利を有していなかつたのであるから、原告にその主張するような損害も生じていないのである。

すなわち、本件借地は五坪八二の部分と四坪二〇の部分からなる土地であつて、原告がこれを使用するに至つた経緯は、それぞれ異なつているものであるが、いずれも、通路として使用を認められ、現にそのように使用されていたのである。そして、原告が本件借地を賃借した目的は、本件土地に隣接する永森喜美枝所有の土地(五番の七、三、一〇)上の建物で営まれていた料理店の営業上の便宜のために右店舗の勝手口から公道に至るまでの本件借地を通行することであつた。

したがつて、原告が本件借地について有していた賃借権は、右のように本件借地を通行しうるという権利にすぎなかつたのであり、それは、隣接地を右永森が所有し、かつ地上建物が契約当時と同様に使用されているかぎりで、その存続を認められたものなのである。また、右賃借権は、当然のことながら建物所有を目的とする借地権とは異なるのであり、右隣接地が永森の所有でなくなり、その土地上の建物が除去されるに至つた時点で、その使用目的を達成して、いわば一種の不確定期限が到来したものとして法律上当然に消滅したものと解すべきである。

なお、原告の本件借地についての賃借権が消滅したことは参加人が前記建物除却後の本件借地についての賃料を受領しなかつたこと、原告も右賃料の提供をしていないこと(昭和四七年中の賃料供託は、右賃借権の存否とは関係ない)および原告が参加人に対し昭和三六年八月になした本件借地に関する仮処分命令申請を取り下げていることからも推認されるところである。

3 仮に、本件借地について原告の賃借権が存続していたとしても、原告の損害額についての主張は失当である。

原告は、本件借地について権利部分の指定がなされたならば、右土地の使用により少なくとも土地の価額に対し年八分の利潤をあげ得たという。

しかし、ある土地を利用して得られる利潤は、その土地に投下する資本、その土地でなされる営業の形態、営業の必要経費など諸々の条件が確定して、はじめて予測しうるものであり、原告の主張するように土地価額の年八分の利潤をあげ得るとすることには、なんら合理的な根拠がない。

また、原告が本件借地について有していた権利は、賃借権(しかもそれは単に通行を目的とするものである。)にすぎないのであるが、何故本件損害額の算定にあたり土地価額を基礎とするのかも明らかでない。

2 仮に、施行者の行為が違法であり、原告になんらかの損害が発生したとしても、原告の被告に対する損害賠償請求権は、すでに時効により消滅している(民法七二四条)。

原告は、本件の訴変更前の訴訟において施行者の本件各行為が違法であると主張していたのであるから、遅くとも本件区画整理事業について換地処分の公告がなされた昭和四四年二月二〇日には損害および加害者を確定的に知つていたものと解せられるのである。しかるに、原告が本件損害賠償請求訴訟への訴変更申立書を提出したのは昭和四七年四月七日である。

なお、行政処分の取消訴訟などの抗告訴訟の提起は、当該行政処分にかかる損害賠償請求権の消滅時効の中断事由にならないことはいうまでもない。

(参加人の主張)

一  原告が建物所有を目的とする賃借権を有すると主張する本件借地賃貸借関係が借地法所定の建物所有を目的とするものではなく、隣接地上の建物への出入口通路ないし私道の通行権を認めたにすぎないものである。その経緯は次のとおりである。

1 原告は、もとその主張の本件借地に隣接する中央区八重洲三丁目五番三、一〇の土地を娘である永森喜美枝名義でこれを所有し、同地上に建物を所有して料亭を営んでいたところ、間口を広げるために、昭和二三年ころ隣接する同五番の二の土地の一部の譲渡方を参加人に申入れた。そこで参加人は昭和二四年六月二四日同五番の二のうち一五坪を分筆して五番の七としたうえ、これを永森喜美枝名義で原告に売渡すとともに、大川甚太郎の借用地と接する南西側の四・二坪は右売渡地上の建物への通路用地としてのみ使用を認めることとした。

2 ところで、同番五の一と五の二の間に参加人の私道が存在し、これに隣接する土地の利用者である槇町ビル、大川甚太郎、山本久吉ならびに原告らで使用料を負担することとしていたところ、このうち、原告は五・八二坪分の使用料を負担していたものである。右坪数は前記山本が参加人の差配として適宜計算のうえ原告に配分したものであり、私道のうち特定の場所を示すものではなかつた。

二  本件土地についての原告の権原は、前項に述べたように、五番の三、七、一〇の土地上の建物への出入用としての目的のみで使用すべきところ、原告は昭和三三年六月右建物および敷地を東武鉄道株式会社に売却し、翌昭和三四年五月には同地上の建物をすべて除却してしまつたのであるから、本件借地を原告が使用する目的は消滅したものである。このように、本件借地の使用関係は、右土地に隣接する土地および同地上の建物に対する附従性が強いのであるから、同土地の所有者ないし利用者が変更した以上、右土地の旧使用者である原告において、もはや本件借地だけをきり離してその使用権を主張することは許されない。

三  参加人は原告に対し、昭和三四年六月ころ、本件借地賃貸借契約は原告において自己所有の土地(すなわち、五番の三、七、一〇)を第三者に売却し、その地上建物を除却したことにより使用目的を喪失したので、これを解除した。すなわち、参加人は原告からそのころ同年五月分の賃料の提供をうけたところ、その受領を拒絶したものであるが、右は、参加人の原告に対する本件借地賃貸借契約ないし土地通行権契約の解約告知とみるべきものである。

(被告および参加人の主張に対する原告の反論)

一  被告は、本件借地権申告書には借地の位置、坪数、権利の内容につき記載の明確を欠く点があるというが、仮にそうであつたとしても、それは施行者において調査し、補完のうえ確定すべき事項であつて、原告の責に帰すべき問題ではないのである。

また、法および同法施行規則からみても、借地権の申告にあたつては、借地権を証する書面を添えて申告すれば足りるのであり、土地所有者との連署を必要不可欠とするものとは解されないのである。

のみならず、借地権の申告がなされた以上、施行者において、当該借地権の存否、権利の内容につき判断すべき権限はなく、申告に対応する権利関係を仮換地上に指定する権限ないし義務を負うにすぎない。

しかるに、原告のなした本件借地権申告には土地所有者、土地の所在地、地積、借地権の存続期間、地代等、権利の内容は十分明確に記載されており、その裏面には、「権利部分の位置見取図」があつて、目的土地である本件借地の形状が明示され、隣接土地、公道、私道等の図示と相まつて、現地調査を行なえば、目的土地を確認することは極めて容易というべきであつた。

二  被告および参加人は、原告の借地権が本件借地権申告当時不確定期限の到来によりすでに消滅していたと主張するが不当である。

本件借地権は、なるほど原告において経営する料亭の建物の玄関への出入りを目的として設定されたものであるが、本来借地上に建物が存在しなくとも、借地が隣接地上の建物と一体として利用されている関係にあれば当該借地は建物所有を目的とする土地賃貸借契約の目的物件として借地法の適用があるものと解すべきである。しかも、料亭の経営にかかる建物が除却されたのは、本件区画整理事業の施行による公法上の義務にもとづくものであつて、そうであればなおさら建物の除却によつて通路についての借地権が消滅する謂れはない。

三  原告が損害として求める年八分の期待利廻りは、原告において東京都内でも有数の商業地域である本件係争地域において料理店営業を継続するとすれば得られるであろうところの経済的利益のことである。

四  民法七二四条所定の「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時ヨリ……」というのは、単に損害発生の事実と加害者が何人であつたかを知つたとき、という意味ではなく、同時に当該加害行為が不法行為を構成するものであることを確知したときの意味と解すべきである。そして、行政処分の有効無効が訴訟で争われている場合には、少なくとも、それが判決によつて無効の処分であることが確定するまでは同条の短期消滅時効は進行しないものと解すべきところ、原告は、昭和四〇年六月一一日提起した東京都知事を被告とする仮換地指定地に借地権の存する部分の指定を求める訴を昭和四七年四月七日東京都を被告とする損害賠償請求の訴に変更したのちに追加的に提起した不作為の違法確認の訴を取下げたものであるから、短期消滅時効は右訴取下げの時点より進行するものというべく、したがつて、被告の消滅時効の抗弁は失当である。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  東京都知事が昭和三二年三月三〇日本件区画整理事業を施行したところ、原告が右施行地区内に存する本件土地の一部について賃借権を有するとして昭和三四年八月一五日東京都第二区画整理事業所において施行者である東京都知事に対して右借地権に関して本件借地権申告書を提出したこと、東京都知事が昭和三六年六月二一日同区画整理事務所長菅原善助名義で本件借地権申告書を返戻し、原告の右申告にかかる借地権について仮に権利の目的となるべき権利部分の指定をしないまま昭和四三年一二月二五日換地計画に基づく換地処分をし、本件区画整理事業を終了したことは当事者間に争いがない。

二  そこで以下東京都知事が原告において提出した借地権申告書を返戻し、右申告にかかる借地権につき仮に権利の目的となるべき宅地部分の指定をしなかつたことが違法であるかどうかにつき判断する。

1  法八五条一項によると、土地区画整理事業の施行に際し、従前の土地に存する所有権以外の未登記の借地権等の権利については、当該権利者が従前の土地の所有者と連署し、または当該権利を証する書類を添えて、建設省令で定めるところにより、書面をもつてその権利の種類および内容を施行者に申告しなければならない旨定められ、これをうけて、同法施行規則二三条一項、一六条二項は、法八五条一項所定の未登記借地権について申告しようとする者は、〈1〉借地権申告書に署名した者の印を証する印鑑証明、〈2〉借地権が宅地の一部を目的としている場合においてはその部分の位置を明らかにする方位の記載がある見取図を添付しなければならないと規定している。

2  本件借地権申告書である甲第一号証、成立に争いのない同第二号証、第三号証の一ないし一四、第五ないし第一六号証、証人小佐野活、宮本助次郎、大野耐二、久保田幸男の各証言ならびに弁論の全趣旨を総合すると以下の事実を認めることができる。

(一)  原告は本件借地について借地権の申告をなすべくかねて知合いの宮本助次郎に右手続を委ねた。宮本は所定の借地権申告書用紙に各所要事項を記載して本件借地権申告書を作成し、これに原告の印鑑証明書を添付して東京都第二区画整理事務所八重洲地区出張所に提出したところ、受付の係員小佐野活から、本件土地の所有者の借地権承諾印または借地権を証する書類の提出を求められたので、原告が本件土地について地主岡博信に支払つた賃料領収証のほか転貸借証書、地代請求書等(甲第五ないし第一六号証)の写を提出した。

(二)  そこで小佐野活は、原告から提出された前記申告書等の記載内容をさらに検討したところ、原告の申告にかかる借地権は、一筆の本件土地一四・四八坪のうちの一部一〇坪〇二と記載されているにもかかわらず、同申告書の裏面「権利部分の位置見取図」には「五・八二」「4・2」とそれぞれ地積の表示と推測される数字の記入されたL型の地形ならびに本件土地の現地所在を表示するものと推測されるものとして、右L字型地形の上方に「公道」、左側に「私道」、さらにその左側に「国際自動車車庫」なる文字が記載されているのみで、同記載だけでは、原告の主張する借地権の範囲が明確でなく、他にこれを明らかにする資料も見当らないので、小佐野はさらに原告の代理人である宮本助次郎に対して本件土地の測量図あるいは借地を図示する図面等を提出するよう求めたが、原告からは遂に右要請にこたえる書面はなんら提出されなかつた。

(三)  小佐野はやむなく、原告から提出された本件借地権申告書および賃料領収証の写等一件書類を東京都第二区画整理事務所に送付し、その処置について指示を求めた。

これをうけた同区画整理事務所においては、さらに本庁建設局区画整理部の指示を求めた。

(四)  同区画整理部では送付にかかる前記一件書類を検討したところ、〈1〉借地権申告書裏面の見取図に記載された借地の範囲が間口と奥行の記載がないため明確でないこと、〈2〉原告の申告にかかる借地権は本来借地人大川甚太郎から転借したものであるところ、原告から提出された転貸借証書の記載によると、転貸借地の範囲は宅地三坪七合五勺と通路約二坪二合五勺の合計六坪であり、原告の申告にかかる借地の坪数一〇坪〇二と一致しないこと、〈3〉提出にかかる賃料領収証の記載によると借地の地積が一〇坪と表示してあるものもあり、一〇坪〇二となつているものもあり、区々であるばかりでなく、転貸借契約の内容の地積(六坪)との相違を明らかにする資料もないこと、〈4〉申告にかかる借地が、宅地と通路の二つの部分から成ることが窺われるところ、右通路の性質が明らかでないため、法二条七項所定の借地であるかどうかについて疑のあること等の判断に至つたので、東京都第二区画整理事務所長に対し、原告の提出した本件借地権申告書は一応原告に返戻するよう指示した。同所長は右指示にもとづき、昭和三六年六月二一日付の書面をもつて原告に対し、本件借地権申告は、借地の位置、坪数、権利の内容等について判明しがたい点があるので本件借地権申告書を返戻する旨附記して本件借地権申告書および添付書類を原告に送付し、右書類はその頃原告のもとに到達した。

以上の事実が認められる。証人宮本助次郎の証言のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてたやすく採用しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  ところで、土地区画整理事業の施行者は、従前地の上に存する一切の権利関係をそのまましかも迅速に換地に移すべき職責を負うものであるところ、未登記の権利関係についてまでこれを施行者の側において調査し把握することは困難であるばかりでなく、事業の遂行そのものを著るしく遅滞させることは明らかであるから、未登記の権利関係については権利者の側から当該権利の申告をさせることにより区画整理事業の円滑・迅速・画一的施行と未登記権利者の保護との調整をはかろうとするのが、法八五条一項所定の所有権以外の未登記権利の申告制度の趣旨であると解される。そうだとすると、未登記権利者は当該権利の申告にあたつては、施行者が区画整理事業を迅速・正確に実施するうえで、当該未登記権利の内容、範囲を格別の調査をすることなく容易に認識できる程度に記載し、資料を添付しなければならないものというべきであり、したがつて、申告が右の形式を具備しない場合においては、申告が全くされない場合(法八五条五項参照)と同様、施行者は当該権利が存在しないものとしてその後の手続を追行できるものと解するのが相当である。

しかるに、原告が提出した本件借地権申告書および添付書類を総合検討すると、都建設局区画整理部において調査したとおりの前示〈1〉ないし〈4〉の各事実が認められるのであつて、右の各事実によつてみると、結局、本件借地権の申告は、借地の位置、坪数、権利の内容等について明確でないものといわざるをえず、原告の右申告についてこれらの不備をそのままにしておいたのでは、施行者において仮に権利の目的となるべき宅地部分の指定をすることはでき難いものというべきである。しかも、施行者側において出先機関である東京都第二区画整理事務所八重洲地区出張所の係員を通じて再三原告に対して前記申告書の不備を補正すべき書類、例えば当該借地の測量図等の提出方を求めたにもかかわらず、原告がこれに応じなかつたことは前記認定したとおりであるから、なおさらのことというべきである。したがつて、施行者が本件借地権申告書および添付書類をたとえ原告に返戻しなかつたとしても、仮に権利の目的となるべき宅地部分を指定するに由ないものというべきであるから、右申告書を返戻する措置をとつたと否とにかかわりなく、右の指定をしなかつたことは結局違法ではないことに帰着するものといわなければならない。

4  原告は、申告にかかる借地の位置、坪数、権利の内容等につき明確を欠く点があるとしても、右不備は施行者において調査し、補完すべき職責があると主張する。しかし、右主張はすでに説示した申告制度の趣旨に反するものであつて、到底採用のかぎりではない。

三  以上の次第で、本件区画整理事業の施行者である東京都知事が、原告の提出した借地権申告書に応じて仮に権利の目的となるべき宅地部分を指定しなかつたことについてはなんらの違法も認められないから、右が違法であることを前提として借地権相当額の損害賠償を求める原告の本訴請求はその余の主張について判断するまでもなく理由がないものとして棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 内藤正久 山下薫 飯村敏明)

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